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私は詞、歌詞を書く事が一時期、苦痛だった。
ノイローゼになりそうな程、苦手だった。
詞というのは音ありきのもの。その曲の長さや音数が関係してくる。
だから例えば風景描写をもっともっとはっきりと書きたいと思ってもその前後の音数に言葉数も左右される。
デビューする前から、16歳の頃から歌詞を意識した「詩」を書くようになったけど「詞」になれる、いわばモノになる詞はなかなか書けなかった。
上京してきてすぐスタジオで「バイバイ。」の原形が上がって来た。
まだ仮詞の段階だったから織田さんに詞を書くようにと言われチャレンジしたけれど何度書いてもボツ。ボツ。
すごくうまく書けてるつもりが全く認められない。
ある時織田さんに「おまえの書いてるのは歌詞じゃない、詩だな。日記の延長みたいだ」と言われた。
「歌詞と言うものは五感がすべて入っていなければいけない。目で見えるもの、匂い、聞こえるもの、味、触れたりする感覚」と言われた。
これは後に私の歌詞を書く姿勢では欠かせない、何だろう・・・ベースみたいなものになった。
頭ではその時理解が出来ている気がしていたけど実際は難しい。
今もまだ解り始めている途中だと思う。
書いても書いてもボツばかりの日々は私をレコーディング、スタジオから切り離す様に苦しめた。
たくさん本を読んだり映画を見たり感覚を尖らせるために出来る事をしながら、初めてOKをもらった楽曲は忘れもしない「情熱に死す」。
あの曲は六本木のイタメシ屋のランチを食べながら書いた。
まさにあの詞はあの時の私の状態で、歌手になる事、詞を書く事というのが思っていた以上にとても厳しいものだけどでも私は負けたくない!!みたいな大阪魂???!!の歌なのだ。
自分の今感じてる事をリアルに書こう、ボツでもそれは後々私の宝物になるはずと何度も言い聞かせて、あの頃書いていた。 詞を書く事が苦痛でも認められた時、「いい詞だな」と言われたらそれまでの苦しみは一気に吹っ飛ぶ。
だから書けない、書けないと本当に泣きながらでも「いい詞だ」の一言でまた次の曲に向かう力が沸き起こる。
毎回毎回同じように苦しみながらそうやっていつのまにか70曲近く作っている。
織田さんには本当に歌詞の書き方をFOXTROTまでの間しごかれました(笑)。
私にとってダメ出しをしてもらい、自分でもその歌詞がなぜダメだったかを完成した詞と比べて知っていく作業が必要だったし、今はあの日々にひたすら感謝をしています。
9月に出したミニアルバムは私の夢が詰まった1枚で、初回盤には私が今まで書きとめていた詩が詩集としてついている。 なぜ詩集かと言われれば、私は詞じゃなく詩が本当に書きたかったから。そしてみんなに届けたかった。
音数にも言葉数にも何者にも制限されない言葉の強さや魅力。
たった1行の詩が心に響いて突き刺さる事がある。
それはきっと楽曲も一緒かもしれない、流れてきたこのワンフレーズがたまらなく悲しいとか切ないとか癒されるとか。
ただ書き手として詩は音数がない分、風景描写や心理描写も書きたいだけ書ける。
恋人達のやり取りや、主人公の想いも。
今詞を書く楽しみをようやく知り、心に余裕が出来たからきっと私は詩を書いてみたいと思い出したのかもしれないし、のびのびと、いつもなんとなくノートに書いているように自分の素の言葉を書いてみたいとも思ったのかもしれないし・・・。
「詞と詩」一瞬同じように見えて聞こえるものは少し違った角度で心を捕らえる私の人生でかけがえのないものだ。
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