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「真実」

真実ってよく使われる言葉です。事実とは異なる意味を持つ真実。

真実とはなんぞや。
私は真実とは抵抗せず、ありのままにそこにいることを受け入れる事だと思う。
一切の判断はしない。

判断=ジャッジは自分の生きてきたバックグラウンドが主に主審となって、ああでもない、こうでもないと裁くたちの悪いやつだからだ。

もっと分かりやすく話を移していくと、友達でも恋人でもだれでもいい、その人を目の前にその人の、ポジティブな側面だけを思い浮かべてみる。
例えば恋人だったら、「この人は本当に気がつく人だ」とか「この人は思いやりのある人だ」とか「車の運転がうまい」とか、「料理がうまい」とか「キスがうまい」とか訳分からない事まで全部、肯定するのだ。普段日頃は、なかなか人を肯定し続けることは、意識の中の審判、ジャッジが許してはくれない。

「ここはいいけどここはだめ」とか「優しいふりして裏があるかも」とか、俗に言う「悪魔のささやき」だ。
天使の心はよく悪魔にたぶらかされる。
人を肯定するにはなかなか、難しいと言うのであれば、そこにある物でもいい。花瓶でも、パソコンでも、食べかけのポテチでもなんでもいい、肯定ばかりしてみる。
すると分かるのだ。

私達は否定という怖ろしいウイルスに意外と99.9%感染している。

花瓶に対しては「色も綺麗で気に入ってるけど、もうちょっとたくさん花が入ってくれればなぁ」。
パソコンには「何でこんなに立ち上がるのが遅いんだ。最近凍りやすいから新しいのが欲しいカメラもついてないし」。
ポテチには「あーおいしんんだけど、ニキビができて太るんだよな」などなど。

そこには偽りが存在していて真実には程遠いのだ。
恋人を見つめるとき。大切な人を見つめるとき。
自分の中のジャッジを取り外し、いや、こだわりに気づき、それを自分なりに客観視出来れば真実は少し歩み寄る。

花瓶にしても、花という儚い命をそっと色の付いた身体で包み込むのだ。そこにはその花瓶を作った職人の願いが込められている。どんな花がここにいけられて、そしてどんな人の生活の片隅に自分の作った花瓶が運ばれていくのだろうと。

そこには真実がある。生きた証がある。

私達は自分が物事を突き詰めることを真実だといつからか、誤解した。誤解だと気づけたとき私は、自分の中の批判者を早く追い出し、真実に近づきたいと心から願った。

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    [改装日 2003.3.26]