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「悟り」

私は最近、カラーセラピーの授業も行っているので、日々スピリチュアルな精神世界と現実の世界の2つと対面している。

どちらの世界も私は好きだ。いくら精神が発達して居ようとも私達は現実という世界に生きなければいけないので、当然この2つの世界を人間は愛さなければならないと思う。
しかし、よく勘違いしている人がいる。
精神的なことを発言するとやれ宗教だ、神がかりだとか。
現実的なことを発言するとスピリチュアリティが発達してないとか、下世話だとか。 
わたしは何だか、その発言自体が、現実も精神も否定しているように感じる。
仏教の見地という授業をする機会があって私は仏教の聖書を読んで参考になる部分にラインを引いた。
すると面白い。

人間の苦しみは大きく分けて3つに絞られる。
  1. 持っていないものを欲しがる苦しみ (これは色彩でブルーの概念に当たる)
  2. 欲しくないものを持っている苦しみ (これは色彩でレッドの概念に当たる)
  3. そのどちらでもない苦しみ (これは色彩でイエローの概念に当たる)

これは色彩の3原色と一致する見解である。

これ以上話し出すと延々話してしまうのでこれでやめておくが、興味深いと思わないだろうか?
人間の苦しみはこの3つからくる。

私はどの傾向が強いかとかあの人は?とか色々当てはめてみる。
そしてどうして人間は苦しむのだろう?という問いにこの3つの傾向は答えをくれている。
執着をすてる事なのだ。

1に関して言えば、今持っている物で十分なのだと、ないものねだりする我欲を捨てるのだ。
2に関して言えば、いらない物を押しやるのではなく、にぎりしめるのでもなく、ただそれらと距離を置くと言うことを学ぶのだ。
3に関しては言えば、じたばたする衝動を捨て一度どん底まで自分を省みることが必要なのだ。

あなたは何タイプ?

私はだいたいは2タイプ。しかしたまに1タイプ。
執着を越えるのは難しい。偉そうに言ってるけど、とてもとても、手に負えないね。
そううなずきながら次のページをめくったら・・・。

悟りとはあること自体、それは迷いの証拠と書いてある。
これは目から鱗。
驚いた。

だって悟りって、何かに到達する事じゃなかったのか。
聖書によると
迷いがあるから悟りというのであって迷いが無くなれば悟りは無くなる
迷いを離れて悟りはなく 悟りを離れて迷いはない。
悟りがあるという事は何かの妨げがあるという事だと書いてある。
深い・・・。

真理には迷いはないから悟りもないと言うことか。
そして執着が悟りを呼ぶとも書いてあった。
何だか今回は難しい議題だったが、みんな、大丈夫だろうか・・・。

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    [改装日 2003.10.16]